また、今年のツーソンの展示会で多くの出展者から聞かれたことは、色石の値段の上昇であった。もちろんそれは日本円の為替が弱いことだけではなく、米ドルベースでの価格の話であり、その背景にはトランプ関税や他の影響が指摘された。特に関税については、宝飾品監視委員会(JVC)の講演がツーソンの展示会に合わせ行われたのでそれを元に状況をまとめ、また、それ以外の価格高騰の要因についても、展示会で聞かれた話をご紹介したい。
米国関税の現在と宝石業界への影響
近年、米国の関税政策は宝飾業界にとって無視できない不確実性となっている。特にトランプ政権以降、関税は単なる貿易調整手段ではなく、国家安全保障や外交カードとして強く利用されるようになった。宝石業界は国際的にサプライチェーンが分断されているため、関税の影響を直接受けやすい構造にある。
関税制度の背景と「原産地」の重要性
米国では建国当初から関税が歳入の柱であり、国内産業保護や報復措置としても用いられてきた。一方で、1930年代のスムート=ホーリー関税のように、過剰な関税が世界経済を悪化させた歴史もある。戦後はWTO体制のもと自由化が進んだが、近年は再び関税が強調される局面に入っている。
宝飾業界で特に重要なのは「原産地判定」である。原石は採掘国、研磨済みルースはカット国、ジュエリー完成品は鋳造国が原産国とされる。また、石を枠に留めるだけでは「実質的変更(substantial transformation)」と認められず、原産国が変わらない点が大きな注意点となる。
IEEPA関税と訴訟リスク
現在の関税政策の特徴は、国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に、大統領権限で関税を課している点である。フェンタニル危機や国境問題などを「国家非常事態」として宣言し、通常の手続きを経ずに高率関税を導入できる仕組みになっている。講演では最大60~100%という極端な税率上昇の可能性も示唆された。
この合法性をめぐり訴訟も進行中であり、国際貿易裁判所は一部差し止め判断を出したが、控訴審で停止され関税は継続している。最高裁での判断は2026年前半に出る可能性があり、結果次第で市場が大きく動く。
ただし、このような希望的観測で、返金や撤廃を前提とした経営判断は危険である。
宝石業界で取られている現実的対応
現時点で関税を抑える手段は限定的である。展示会用途ではTIB(保税一時輸入)やATAカルネが利用されるが、販売行為はグレーゾーンを生みやすい。現場では「本当は売ってはいけないが黙認されている」ような状況もあり、通関管理は厳格化しているとの声があった。
また新たな枠組みとしてAnnex 3が登場し、EUとスイスは特定品目を関税ゼロで扱えるようになったが、残念ながら日本はその対象国ではない。またその対象品目は天然ダイヤやカラーストーンのルース、天然真珠などである。養殖真珠が外れたのは制度側の理解不足ともされ、業界ロビーが働きかけている。企業側ではEUで研磨してAnnex 3ルートを使う、メキシコ経由でUSMCAを狙うなど、迂回策も模索されている。
現場の声:価格上昇と取引停滞
アメリカ以外の出展者の証言では、関税の影響で在庫管理を厳密に分けたり、米国外へ一度持ち帰って再発送するなど、物流負担が増している。以下の写真はブラジルの業者(現在の関税率50%)で同じような大きさのルベライトが、関税前にアメリカに在庫していたものでは300ドル/ct、関税後に輸入したものでは530ドル/ctとなっていた。関税後のものだけを見ていたら、値段の高さに驚いただろう。

ルベライト(左:530ドル/ct、右300ドル/ct)
またタイからの出展者ではTIBを用いていて、アメリカ以外から購入すると、一度持ち帰ってタイから発送する方法を取っているが、特に新規顧客に対して「先払いにして後で自国から送る」仕組みが難しく、商談の障害になっているということだった。
また、一部のアメリカの出展者では、関税負担で一時期輸入が完全に止まったケースもあった。特にこの業者は原石をアフリカから輸入し、アメリカでプリフォームし、スリランカにカットを依頼してるという話だったが、その場合、原石に10%、加工後にさらに30%と累積的に課税される現在の状況は深刻であるということだった。
一方で市場全体では関税だけではなく、そもそも色石価格の高騰に対しての嘆き、悲鳴が聞かれた。その背景について、ダイアモンド業界の不振からディーラーがカラーストーンに流入し、品質の良い石が値段度外視で買われているとの指摘もある。特に見た目に美しく、わかりやすい高品質なものに、そのような元ダイアモンド業者は殺到し、値段の上昇が起こっているということだった。他にもブランド需要が特定の石種(ツァボライト、マンダリンなど)に集中し価格が急騰している例も挙げられた。
このような状況では旧来より色石を扱ってきた方であれば、その知識を元に、ぱっと見で新参の業者が見逃してしまうような魅力のある石を探すことが理想的な対策となるが、そのような時間をかけられないという話も聞かれた。しかし、そのような時間をかけた仕入れができれば、ツーソンをもっと楽しめるだろうと思う。(とはいえ、最近のツーソンは玉石混交が進み、タイパが悪いことは筆者も感じる所である)。
関税の今後の見通し
今後は最高裁判断後に政策が大きく動く可能性があり、タイがAnnex 3に近いという情報も業界では注目されている。また中間選挙による議会力学の変化も関税制度に影響し得る。
宝石業界としては、関税を前提とした価格・契約設計、原産地管理の徹底、ロビー活動への関与が不可欠となりつつある。米国市場への輸出入はより複雑化する傾向が続くと考えられる。

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