3)ベリリウム加熱の結果

The result of the Beryllium treatment

A)ベリリウム使用の新しい加熱方法

この新しいベリリウム使用の加熱も、今までの加熱方法と全く同じ方法で行われている。一つだけ違う点は、最終段階の高温加熱の時に、触媒としてクリソベリルの粉末を加えて加熱することである。マダガスカル イラカカ産の原石を加熱している時に、はからずも混ざっていたクリソベリル(ベリリウムを含む)が反応して、以前とは違う結果が出た事に気付いたのだという。 ここで大切な事は、加熱に用いるクリソベリルが直接石を着色しているのか、それともその石の持っている要素を引き出しているのかがポイントになる。すなわちルツボの中のコランダムの原石がDiffusionのように全て同じ色に変化するのか、あるいは石によって違った色に仕上がるのかが判断の基準になる。
?新しいタイプの加熱工程をもう一度整理しよう。
1.最初に肉眼でわかる範囲で、コランダム以外の石を取り除く。
2.低温加熱(800~900C)――ガーネット等を取り除く。
3.低温よりやや高い温度(1000~1200C)――トパーズなどを取り除く。
4.中温加熱(1400~1450C)――クリソベリル等を取り除く。
5.高温加熱(1550~1600C)――スピネル等を取り除く。
6.高温加熱の最終段階(1750~1800C)――クリソベリル等の粉末を加えて、再度加熱する。

最初この方法が偶然行われた時は、加熱工程のNo.4の段階で、サファイア以外の石は全て取り除いたと思っていたのに、クリソベリルの原石が混ざっていたのだ。クリソベリルはイラカカから産出される原石の中にはたくさん含まれており、ホワイトやイエローのクリソベリルも例外ではない。これが今回のパパラチャ・サファイアの出現に偶然つながったのだ。

その後、クリソベリルの化学成分がBeAl2O4であるため、成分の近いイラカカのアクアマリン(Be3Al2Si6O18)の原石を入れて実験したところ、同じ結果が現われた。しかしクリソベリルに比べると、反応が遅く加熱に時間がかかるため、歩留まりは悪かった。

今ではこれらを使い分けている。通常のサイズや品質の原石はクリソベリルを触媒として用いて加熱し、美しい大きなサイズの稀少な石には、アクアマリンを触媒としてゆっくり時間をかけて加熱するとの事だ。

クリソベリルを触媒として加熱した結果、コランダムは様々な色に変化した。しかも、それまでの加熱加工では30%程しか商品化できなかったものが、80~90%もの石がピンク、オレンジ、レッド、ブルー、イエロー、ゴールデン等に加工できるようになった。(写真3) これは画期的な技術革新であり、宝石が本来持っている天然の要素を美しく仕上げようとする新しい加工技術である。言い換えれば、地球がやり残した事の手助けをしているのだ。未熟児で生まれた宝石を見捨ててしまうか、それとも手をかけて一人前になるまで育ててあげるのか。そんな選択に似ている。

今はまだ解明されていない何がしかの化学反応があるのかも知れないが、クリソベリルやアクアマリンを一緒に入れて高温加熱することで、コランダムの色が変わることがわかったのである。

写真3.ルツボから取り出す加熱後の石 / ピンク、オレンジ、レッド、ブルー、イエロー、ゴールデン等様々な色に変化している。

B)? 産地別の加熱結果

同じ種類の宝石でも、産地によって様々な成長過程を経てきているので大きな違いがある。 一番はそこで産出される宝石の色である。スリランカやイラカカ等は、各色のサファイアが産出されているが、オーストラリアやタイ等ではほとんどが青色系のサファイアだけである。 これは玄武岩起源か、石灰岩起源かに大きく起因している。

マダガスカルを例にあげれば、1995年頃南部のAndranondambo で発見されたサファイアは、スカルン(石灰岩母岩)の中から発見された石灰岩起源の物であり、また2年後北部のDiago Saurez のAmbondromifehyから発見されたサファイアは濃青色の玄武岩起源であった。そして1998年頃発見されたイラカカは石灰岩起源である。一つの国から5年という短い間に3箇所のサファイア鉱山が発見され、それぞれ鉱床に違いがあったことも興味深いが、それらの違いによって加熱の方法を変えているというのも大変な驚きであった。 産地別の加熱方法を整理する。

マダガスカル
マダガスカルのコランダムの産地は、今では大きく分けて3箇所ある。一番産出されているのは、南西部のイラカカである。次に最近注目されている東部Tamatabeの南 Vatomandryのルビーで2年程前から良質な石が産出されている。3番目は北部Diego Saurez 近郊の濃青色のサファイアである。
a) イラカカ地区
淡ピンク?ピンク色 ⇒ パパラチャ、オレンジに変色??
無色 ⇒ 黄色や青色に変色
濃青色 ⇒ 美しい青色に変色
帯黄ピンク ⇒ イエロー、ゴールデンに変色
b) Vatomandry地区
紫赤色 ⇒ ブルー・サファイアに変色
暗赤色 ⇒ 美しいルビーに変色
帯黄赤色 ⇒ オレンジ・サファイアに変色
シルクの入った濃赤色 ⇒ ルチルがTiに変化して、美しい青色に変色
?⇒? 途中でパープルに 変色するものもある。
c)Diego Saurez 地区
濃青色 ⇒ 美しい青色に変色
タンザニア
1980年代後半に、南部Songea やTunduru地区の100Km以上に及ぶ地区からコランダムが発見され、世界中が注目する事となった。タンザニアの北東部Umba鉱山は以前から色の珍しいコランダムが発見され、その特徴ある色が大変好まれていた。 しかし自然界はそんなに簡単には美しい物を与えてはくれなかった。ルビー系の色は濃すぎて商品化は出来ず、ブルー系の色は緑や黄色が入り高い値段で販売できる商品はほとんどなかった。しかし一部の石の中には、大変珍しいカラーチェンジタイプがあり人気があった。
a) SongeaとTunduru地区
濃帯紫赤色 ⇒ オレンジ・サファイアに変色
濃暗赤色 ⇒ 美しいルビーに変色
カラーチェンジするサファイア ⇒?パパラチャ・サファイアに変色
帯黄青色 ⇒ イエロー、ゴールデンに変色
帯緑青色 ⇒ イエロー、ゴールデンに変色
パープル・サファイア ⇒ パパラチャ・サファイアに変色
濃青色、混ざった青色 ⇒ 美しいブルーに変色

b) Umba地区
無色 ⇒ 青、黄、パパラチャ、他各色に変色
淡青 ⇒ 美しいブルーに変色
淡ピンク ⇒ パパラチャ・サファイアに変色
淡褐、淡黄 ⇒ イエロー、ゴールデンに変色
スリランカ
従来の加熱加工(エンハンスメント)として知られているスリランカのギゥーダ(Geuda)は、従来の加熱方法でも美しいブルー、イエロー、パパラチャ等に変化したが、クリソベリルを触媒とする新しい加熱方法では、今まで変化しなかった70%程のギゥーダ(Geuda)がほとんど美しいファンシーカラーのサファイアに変化する。
以前変化しなかったGeuda ⇒イエロー、ゴールデン、ブルー、ピンク等に変色
オーストラリア
以前よりオーストラリア産は濃青色のサファイアとして知られてきたが、それらに含まれている要素によりいろいろな色に変化する。
濃青色 ⇒ 美しい青色
帯緑青色 ⇒ イエロー、ゴールデンに変色
帯黄青色 ⇒ イエロー、ゴールデンに変色
タイ
30年程前の1970年代初め頃、バンコクから美しいゴールデン・サファイアの産出があった。そこはチャンタブリ近郊のBangacha地区で、以後はほとんど産出がなくなっていた。新しい加熱でここの産地のコランダムが美しく変わった
濃緑青色 ⇒ イエロー、ゴールデンに変色
濃黄青色 ⇒ イエロー、ゴールデンに変色
濃青色 ⇒ 美しい青色に変色
淡青色 ⇒美しい青色に変色
ミャンマー
ミャンマーからはMong Hsu産のコランダムが、バンコクに多量に持ち込まれている。ミャンマーの中部高原、シャン州の州都タウンジンから北東に直線で約130Km、マンダレーからは南東に約250Kmに位置する。1991年に発見され、母岩は変質大理石で、モーゴク地区の母岩とほぼ同種である。大変驚いた事に、ここのMong Hsu産のコランダムは同じ方法で加熱を加えると今までとは逆に透明度が悪くなって商品化できるものが少なく、ここの産地の石は新しい加熱方法は用いられていない。
濃赤色、濃紫赤色 ⇒?透明度が悪くなって商品価値は下がる
ベトナム
1989年末、中国国境から75Kmのルック・エン(Luc Yen)地区にルビー鉱区が発見され、ついで翌1990年の10月には、ハノイの南西約200Kmのチャウビン村付近で新しい鉱区が発見されクイ・チョウ(Quy Chau) 鉱区として世界的に注目された。しかしここからの石はミャンマーのMong Hsu産のコランダムと同じく、加熱しても美しい色には仕上がらなかった。

C) 合成ホワイト・サファイアのベリリウム使用の加熱結果

今回のバンコク訪問で一番期待していたのは、合成ホワイト・サファイアをベリリウムを使って加熱実験する事であった。純度の高いベルヌイ法の合成ホワイト・サファイアの原石を、電気炉とガス炉でコランダムを加熱しているルツボの中に一緒に入れて加熱した。つまり合成サファイアも、天然サファイアと同じように変色するかという実験である。?

合成サファイア1個を、電気炉に天然コランダム約1Kgとクリソベリルの粉末と共に入れて、約1700Cの高温で加熱した。ルツボから出てきた加熱後の石は、表面全体に褐色の色が付着していた。そこで約3分の1の所で切断し、小さい方の原石の表面を軽く磨いたところ、たちまち褐色の付着は取れてしまった。これは、蓋を閉めたルツボの中で長時間加熱したため、ルツボの中のコランダム原石のガスやゴミがゆっくり冷えて付着したものと思われる。

もう1つの実験は、ガス炉に合成ホワイト・サファイアを入れて、天然コランダム約1Kgとクリソベリルの粉末を共に入れて1800Cで加熱したものである。(写真1) 冷えてから取り出すと、完全に無色のままで変わりなく、表面は溶けかかり、月のクレーターのようになっていた。(写真4) 海外から、合成ホワイト・サファイアがイエローやオレンジ色に変色したとの報告があったが、今回2台の電気炉とガス炉を用いて、同時に加熱した実験結果では、合成ホワイト・サファイアは変色していなかった。

写真4.ガス炉にて1800Cで加熱後の合成ホワイト・サファイアの原石 ?

そこでこれらの変色していない合成サファイアにベリリウムがどれだけ入り込んでいるかの成分分析が必要となった。しかし、ベリリウムは原子番号4と大変に軽く、通常のX線回析装置では検出ができず、SIMS(2次イオン質量分析機 / 写真5)やXPS(X線光電子分光分析機)を用いて分析しなければならない。

?山梨工業技術センターの協力を得て、これらの加熱加工されたサンプルをXPSを用いて分析することができた。その結果、写真4のガス炉で加熱した合成サファイアの原石には僅かにベリリウムが検出された。しかし、電気炉で加熱した合成サファイアには、確認できる多くの量は入っていなかった。XPSは、測定能力に限界があるため、より微量の成分分析にはSIMSが必要で、現在SIMSの測定結果待ちである。

?また前述のように、両方のルツボから取り出した加熱後のコランダムは、写真3のように様々な色に変わっていて、Diffusion (表面拡散)処理をした時のように、全てが同じ色ではない。

これらの実験結果から、ベリリウム(Be)は、触媒として働いてはいるが、色の起源にはなっていないと判断していいだろう。

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